D.C.S.S.について

人間とは関係である。萌えアニメにおいてその関係はたいていの場合恋愛という回路によって形成されることになるわけだが、そこには主人公が複数の女の子から好意を寄せられるというシンプルな様相のなかで、好意を寄せているもの同士の関係。つまり無意識に衝突し、錯綜するありさまが導かれることになるだろう。D.C.S.S.アイシアという「誰もが等しく幸福であれ」という意志を持ったキャラの過剰な執着心で女の子同士の関係を曝け出そうとする。分かりやすく言えば、純一と音夢を祝福している世界を半ばなし崩し的にして始まった作品の中で、作品世界を保護してきた音夢とその一つ下に存在するそれ以外の女の子の好意のヒエラルキーを同列に並べ替えようと試みる。その意志はいわゆる修羅場を導くことになるだろう。行方を失った愛情は欲求不満に陥り、やがてヒエラルキーの上位者への憎しみへと転化してしまう。その愛憎劇の強度によっては作品を称揚することも可能かもしれないが、しかしアイシアは言う。「みんなが幸せに」と。その空々しく、しかし情熱に欠けていない言葉が差し向けられるのは、複数の愛情という不可能性からの解放である。それはいわゆるハーレムを意味しない。少女達が自らの愛情を主体的に肯定することへと向かうあまりにも素朴な、そして過酷な幸福への欲望をアイシアは言葉にする。まるで幸福への殉教者のように。自分の祖母と同じように「みんなが幸せに」と。果たしてその「みんな」に彼女自身は含まれているのだろうか。自らと同じように純一を好きなはずの音夢以外の女の子が二人を祝福することに苛立ち、それでもアイシアは作品世界を否定しようとする。世界を否定しようとしている少女の意志により、作品世界の神である桜の木は蕾をつける。


ぶっちゃけつまんないですよ。D.C.S.S.。だってことりが、ことりが、こと以下ry。元々音夢好きじゃないし、可愛くもないし。アイシアが勇者のように見えるからこんなキモ文章を勢いで書いてしまった。ほんとはことりがいかにカワイイかを堀江由衣の声優性とクロスさせて書こうと思ったんだけどあまりにもキモかったのでやめました。IGPXではほっちゃんの最良の声優っぷりが発揮されててたまらないのですがキャラデザも作品も好みじゃないんだよな。