ヒーロー願望とリア充願望、あるいはオッサン性

これで、相手が妙齢の美女というのならまだ我慢するが、生憎手を振っているのはスーツ姿の男だった。俺は不機嫌さを隠しもせず、どすんと椅子に腰を落とした。

キリトさんの「俺」の一人称が始まる最初のページからの引用ですが、初っ端からこれ。やったー、オッサンラノベだ。と思いました。男子高校生のくせに妙齢の美女なら許す、さらにオヤジギャグなネーミングもオッサン感を補強してくれている。死銃、デス・ガン、イッツ・ショータイム。

なにやら政府の役人らしき人から依頼されて高校生エージェント(!)になってキリトは物語に参入していく。キリトという主人公はキャラクターとしての動機や目的を終えているので、そんな彼が動こうと思うなら私立探偵よろしく依頼があってこそです。引用した序盤も政府の役人だかとタメ口聞きながら会話の主導権を握るとか、妙にこそばゆい。目上な大人や男に対しては皮肉屋ハードボイルドな言動を取りたがるのってラノベに限らずたまに見かけるけど活劇小説の一人称でそれやられるとただの傲慢な嫌な奴にしか見えないw
このエピソードで投入されるヒロインの子は医者のカウンセリングをくだらない言葉の羅列であると切り捨てて自分自身の殺人を犯してしまった過去のトラウマを銃器ワッフルなヴァーチャルレアリティゲームで克服しようとするすごく個性的な思考回路を持った女の子で、ここにはかなりパンクな思想的背景を感じないでもないんだけど別にクラッシュとかパンクバンド好きという設定はない。わずか11歳で拳銃を持った男を偶然とはいえ死に至らしめる、作品世界によっては恐るべき才能の持ち主だったんだけど残念なことに彼女の前には魔術師は現れなかった。まあ本編内容は価値観の転倒をゲーム至上主義の世界観の中で克服話とヒーロー願望をやるアレ。
殺人の罪の意識、トラウマの克服というすごいヘヴィなテーマを第1巻の設定の出涸らしで主人公にもヒロインと似たような問題意識を持たせるんだけど、結局この物語ではゲームで活劇を展開させながら、という語りの手段しかないうえに、主人公とヒロインのお互いの動機と目的の物語が交わる必然性も敵キャラさんを都合よくバカバカしく置くことで言い訳程度にしか得られない。どうしても陳腐になるんだけど、それでもそういうのを書いちゃうのが川原礫っていう作家なんだよな。無邪気に真面目なテーマを据えて、それを無邪気に真面目にヴァーチャルで乗り越えようとしてしまうっつーか。キャラがヴァーチャル信頼しすぎだろ。
ゲームの中での冒険で得られる感情と現実世界での感情が等価値のように読んでしまうんだけど、それにしては現実での描写が物足りない。勝手に敵キャラさんの内面をあーだこーだ推察してやるなよ。ゲームで色々ありましたのあとの現実世界のディスカッションであっけなく処理されて何が何だか。それに第1巻のゲームの生き残りのほうが主人公が関わるべき物語背景としてふさわしいはずで、それが後退しまくりってのはちょっと……。今後の伏線だったのだろうけどヒーロー願望の物語としては作者が新しい女にコナかけたかっただけのダメエピソードだったんじゃねえかな。主人公の過去のゲーム内での殺人(キリトはそれを今まで忘れていたw)をヒロインの問題意識としてアウトソーシング。ヒロインは共感と反発を示しつつ、やがてそれは恋心に……。なかなかレアなアビリティである。ヒロインへの共感(殺人の罪の意識!)はたっぷりしてあげるのに敵キャラさんが藁人形でかわいそう。どっかのそげぶ神拳の使い手なら敵キャラにももうちょい共感という名の説教くらいはするんじゃないかなあ。そういうとこもヒーローの物語として成立してないと思う。まあ説教するのがヒーローとしていいのかわるいのかは意見が割れると思いますが。
1巻は設定的にヒーロー願望の物語だったけどそれが1巻で終わっているし、川原礫世界には別に魔術師とかはいないので登場人物はまあ全員が一応はその世界での一般人なんだけど、一般人って普通は何も物語を背負ってないのでヒーローというよりも川原世界のリア充物語みたいな感じで読むのがいいのかなあと。

リア充といえば、作者のミリキは天然でオッサンセンスなところである。主人公はリアルでは黒髪で私服も上下黒で統一。作品世界ではすでに廃れている不便で乗り心地のよくないバイクを内心やれやれと思いながら乗り回し、それでヒロインの学校まで迎えに行って周りから注目浴びながら二人乗りとか、マジでそのへんのオッサンが思ってそうな「ぼくのかんがえたリア充高校生」なイタさを主人公に演じさせていて、コテコテの青春像が読んでて苦笑してしまう。たいていのラノベって照れ隠しに大袈裟な会話とかでギャグっぽく処理したり、それでも青春しようとすると白けてしまってそれはあまりに悲しすぎるからメタっぽくしてしまうのがオタク的感性から抽出される現代性なんだけど、川原礫はそういうのとは無縁である。
これで、読者が妙齢の美女というのなら話は別だが、生憎基本的に読んでいるのは安心の黒率を誇るオタクだった。俺は川原礫の作家性を再確認して、そのオッサン性にワッフルしながらどすんと椅子に腰を落とした。