メリクリメリクリ〜〜〜。近況はさっき前髪をセルフカットしました。

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唐突に、たとえばMF文庫J原作アニメの中妹のお兄ちゃんといい、おにあいのお兄ちゃんといい、アニメで見るとすごいスマートにかわしていく瞬間がある。日常ドラマ系超人願望の主人公の軟着陸ってこれくらいなのかと思わせるほど。僕はMF文庫Jのポテンシャルを計り損ねていたのかもしれないw
MF文庫Jってハーレム維持のための主人公の造形が要求レベル高めに設定してあって超人めいている部分がある(アニメになったやつしか知らない)。まあ若干オタクセンスのハイコンな部分はあるが。この前も書いた記憶があるけど超人願望において高みから他者を嬲り殺しにしたい欲望ってまったく理解できないんですよね。だから必要以上に馬鹿にするのですが、そういう部分が下品に見えてくるなかでMF文庫Jアニメの反転した上品さである。
といいつつ実際文庫を読む限りとてもじゃないがアニメのようなスマートさは感じられないので、別メディアだなあというのが本音である。

子供の自己不全につけこんでいることは一緒だけど、おにあいとSAOを比較するとSAOって己の欲望に対して常に全力でしょ?w もう何が何でも絶対に気持ちよくなってやるぜっていう。そのためには相思相愛のアスナを現実世界で目覚めさせずに子安に嬲られることも辞さないっていう。やっぱりすごすぎるんですよ川原礫。もうあれはプレイなんですよ。「おいアスナ、お前ちょっとアイツに抱かれてこいよ。そのあとで俺がもっとよくしてやんよ」くらいの。
そして、不意におにあいのようなクソラノベがアニメになった瞬間、茅原実里の『SELF PRODUCER』が世界に対する反逆のアンセムとして鳴り響くことがある。そこで祝福されるべき欲望の居場所を歌い上げることになる。制御不能の欲望のイマージュがばら撒かれ始める。

尊く気高く美しい光の騎士がモテるのは当たり前だけど、そのヒロイックなファンタジイへの懐疑において選択されたダークナイトへの憧憬を創作したとき、現在のオタクシーンにおいて支持されているのが川原や佐島の自己不全と自己正当化のヒーローであり、はまちのぼっち無双であり、聖杯戦争であり、インキュベーター魔法少女システムである。抑圧と搾取の担い手である。

問題なのは、作者だろうが読者だろうがプロだろうがワナビだろうが、何が尊く何が気高く何が美しいのかの回答を明確には持っていないことである。だからその気になればいくらでも偽者を売りつけ、その価値を称揚することが出来る。それを信じ込むことも出来る。リア充のモテモテ日記だろうがバトルロイヤルだろうが異世界冒険アクションだろうが描かれているものが美しければそれでいい。たいていの場合、咲いてる花を折って自分のものにするような奴らばかりだ。罪深いね。