97年頃までのSFはクズだったらしい

21世紀になってからSFというものを意識し始めたのでよう分からんのです。クズ論争のことをまとめてある文章も興味ないので読んだことない。まあリアルタイムで読んできた層がそう思うならある程度クズではあったんだろうと思うが。微妙に小粒感が漂ってるしな、実際。今はSF的ビジョンの革新性という意味じゃイーガン以前、以後になると思うのだが、それは理屈としては理解できるんだけど風景としてのそれではないような気もするので。階段を上り続けることに意味がなくなってきたのではないかと。イーガン的なものでしか革命が起きないという話。状況はニューロマンサーから攻殻機動隊の流れで塗り替えられた風景からほとんど変わってないんじゃねーのかという疑問。誰か教えて。未来への予感としては攻殻機動隊で理屈としてはイーガン。そんでディックとかバラードがいる。俺の中では。もしくはディレイニーとかゼラズニィ。結局こうなる。もっと色んなの読むべきなんだけど、どうしましょ。90年代に目立ってきた作家自体あんま読んでねえんだよ。それなりにおもしろく読めるのは分かってるんだけどタイミング逃したっぽい。読書への姿勢って変えるの苦手なんだよなあ、クソ。つまり俺は何かを要求しすぎ、余裕なさすぎ。