セカイ系とは何か

セカイ系とは何か (ソフトバンク新書)

セカイ系とは何か (ソフトバンク新書)

タイトルの通りこの本は基本的に解説を目的に書かれているのでそれについて解説しろ書評しろとなると読みながら書くしかないなと。だって書評らしい書き方してもさ、なんというかさ、「本書はセカイ系と呼ばれるどうたらこうたら」ってんなもんタイトルで分かってるだろwとなるわな。セカイ系ってなんだろう?という一般人が読むのだろうか。良くも悪くも入門書みたいな扱いになっていくだろう。
3章から始めますw前半はすっとばすセカイ系書評。
ほしのこえは2002年、イリヤの空、UFOの夏は2001年10月〜2003年8月、最終兵器彼女は2000年1月〜2001年10月って9,11の襲来に合わせるように終わってたのか、すげえな。まあ基本的にはサイカノなんですよ。アレもコレもセカイ系とは呼ばれたんだろうけど結局ね、もっともエクストリームだったのがサイカノ。や、そんなに評価してないんですけどねw。
別にパラダイムをぶち立てるなんてことはやってないからいきなり脇道行ってしまったなあ。どういうことだ。
3章はポスト・エヴァ的な側面が抜け落ちてからの話になる。ラノベブーム、自意識系からセカイの命運系か、このへんはまあそうなのかな。批評周辺に広まったことでさらにってのもまあアリ。笠井潔はすごいよね、あの年齢でAIRとか月姫とかやるんだもん。息子グッジョブと言わざるを得ない(え?
世界をコントロール可能なものとして捉えるようになった時代とその成立を背景としている。元長。2004年2月
ゲーラボであずまん、たまきんの対談であずまんがたまきんに説明。この時点で戦争礼賛ではないかとやや否定的な意見 2004年3月。
『群像』2004年1月号初出の舞城の「好き好き大好き超愛してる」が芥川落選、笠井いわく選考委員は誰もセカイ系のこと知らなかったから当然。群像の編集はどんくらいセカイ系に理解あったんだろ?ドリルホールインマイブレインと一緒に本になったんだよね。SFが読みたい00年代ベストにこれ入れてる人いたかな?あとで確認。おっと、ほしのこえを絶賛の都知事は好き好きを「タイトルを見ただけでうんざりした」などと酷評だってさw。Wikipedia超便利。
えーっと、この頃から西尾維新セカイ系と対比していく人が増えていったのか。どうだろ、あんまり実感ない。バトルものになっていったからかな。
京フェスのエピソードはおもしろいなあw誰も説明しなかったのか。
ループものもセカイ系って言われてるの?俺のセカイ系認識って相当古いものに分類されるなw
セカイ系への応答作品、このへんは前島さんの趣向が出すぎだなw
おう、今思い出したけどセカイ系がどうたらって2ちゃんのスレにコピペみたいな感じで流通したやつあった気がするんだけど。プレ・セカイ系とか3つか4つの定義があってそこにいくつかの作品が列挙されてるやつ。
キルラブあったねえ。なつい。自己言及的構造、ふむふむ。半透明な文体、この辺は読者の個人史にもよるんじゃないか。
半透明文体から自己言及のくだりのあたりはかなり説得力がある。
Fate登場、このあたりはとぅげったーでもまとめられてたよね。エロゲは通過してないんであんまり突っ込めません。
ハルヒはコミュニケーションツール。俺はこの時期はゼーガペインシムーンだったからな。
ニコニコ、東方、「…なんも言えねえ」オールドタイプ乙。
では4章。宇野さん登場。特に言いたいことはありません。ゼロ想連載時にリアルタイムでけっこう書いた記憶があるけど。
あずまんのセカイ系に対する記述、いい仕事してます。でもこの対立は無意味に作品の「外部化」を設定しつづける人に問題があるんじゃないだろうか。「クドカンを評価するとオタクがうるさいんですよねw」聞き飽きたw。
社会の欠如、日日日の解説で久美沙織の引用。これに対して前島さんはこんな批判は織り込み済みと書いてるんだけどこれは単に久美がちゃんと読んでないだけじゃないか?「なんで男の癖にそんなに情けないの?」という批判を織り込み済みでセカイ系作品は受容されていた。うーん、ここもあんまり実感がない。反省を求めてイリヤは読まれていたのかなあ?
自己反省およびレイプ・ファンタジー。前島さんは自己反省の欲望そのものはアリに設定しているんだな。反省したい?うーん。反省することによって何らかの留保と肯定?この辺は葉鍵を知らない俺は異端なのかな?あう、ここでちゃんと外部設定について言及されている。
後ろめたさの原因としてのエヴァ。気持ち悪いと拒絶されて外に出なければならなかった。むう。
ナデシコか。「そんなことよりRETAKE読もうぜ!」
文壇論壇まわりのセカイ系への言及、この辺になると「みんな適当に使いすぎ」になってる。でも使ってる人の中ではそうじゃないんだよな。捌ききれずに言葉だけが暴走している。序盤の元長の「世界をコントロール可能なものとして捉えるようになった時代とその成立を背景としている。」が説得力を増してくる。短絡的に物事を捉える(意訳)がセカイ系の定義にふさわしい使われ方に落ち着いた。
セカイ系は「挫折の文学」なるほど。「セカイ系はもう終わったのかな?」「ばかやろう、セカイ系はまだ始まってもいねえよ」(え?
スマガ……。
破に言及している箇所でブチ切れるのかと思ったけどそうでもなかったぜ。
対テロ戦争としての現代学園異能
このあたりから現在のまとめに入るので詳しくは触れない、というか俺が現在に疎いので。
なんかただの史観くらべになっちゃったw
エヴァの「気持ち悪い」を正しく受け継いだのはサイカノなんじゃないかと思ったよ。EOEのエミュレートはあれが一番だったのかもしれない。漫画夜話でも「感情が一周して泣いてしまう」みたいな意見は一致してた。感情を純粋化させていくためだけの物語。キミのための物語。
00年代前半、すでにセカイ系エヴァっぽいものではなくなり、少なくとも思春期の少年少女が「気持ち悪い」のあとで劇場をふらふらと彷徨い出たあの感情を表すものではなくなった。たぶん最初からセカイ系なんてものではなかった。いつのまにかエヴァっぽいなんて言われて(ぷるにえめ)。
あの感情に反省しなければならないものがあるとは思わない。これからもおそらくは嘲笑を向けられるであろう、だが今でもあの胸の疼きが…。シンジとアスカ、キミとボクを繋ぐ「と」。キミは存在せず、その「と」が激化していくばかりでポスト・エヴァなんて本当はどこにも存在しない、あるとすればてめえの心の中だ。いや、わからねえよ。もう自分が何を言っているのか、エヴァが自分にとってどんなものなのか全然わからねえ。エヴァは簡単にまとめていいようなもんじゃねえんだよ。セカイ系であるかどうかなんて関係ねえ、物語の構造がどうとか出来が良いとか悪いとかじゃねえ、コンテンツでもアーキテクチャでもねえよ、でもねえけどなんでもいいんだよ。心が震えてどうしようもなくなる瞬間が。それを感じてる瞬間お前はセカイ「と」ともに存在してるってことなんだよ。自分の秘密と世界の秘密を繋いでしまったんだよ。
なんだこれはwwwこんな文章を書かせた作者、絶対に許さないよw