ミステリのオールタイムベストにハメットやチャンドラーが入るので、ハードボイルドはミステリに含まれるというのは常識であり、アクセルワールドなんかにもシアンパイルの正体はいったい誰なんだという謎が置かれており、タクムがなぜ、どうして、どうやって、という要素を満たしているミステリである。この中に一人妹がいるミステリであり、だから僕はHができないも聖剣グラムの謎に迫るミステリである。つまりたいていの小説はミステリってるのである。
それにしてもこういう話題になるとなぜみんないちいち細かいことばかり気にするんだろう。たとえその作品が「ライトノベルにおいて書かれた本格ミステリの傑作」だとして、それがなんだっていうのさ。本格ミステリラノベハードボイルドも人間が描けてなくて安いが、そんなことは笑っとけばいいのである。

ここで唐突に、魔法科高校の劣等生から引用。
エリカというヒロインの一人が部活の勧誘合戦でもみくちゃにされているところを主人公がよく分からない魔法(足で地面を蹴りつけてその衝撃を魔法で増幅)を使ってモブキャラたちは平衡感覚を失う。その隙にエリカの手を取り、「走れ」と二人でランナウェイしたあとのシーン。もみくちゃにされていたせいでエリカの服が着崩れてブラが見えるラッキースケベにおけるやりとりである。

「見えた。すまない」
だが、思っただけでそれを口にはしなかった。赤面の跡を目元に残している顔を見て、そんなことを言えるはずがなかった。
エリカは上目遣いにジッと達也を睨んでいる。再び赤みを増していく頬は、恥ずかしさが蘇ってきたためか。握り締めた拳が細かく震えているのは、羞恥に耐えている表れか。
「……ばかっ!」
手は、飛んでこなかった。その代わり、脛に衝撃を受ける。
エリカは達也の向こう脛を蹴り上げて、クルリと背中を向けた。
達也は、スタスタと歩いていくエリカを、無言で追いかける。
達也からは見えないが、エリカはきっと、目を潤ませているに違いない。
彼の脛は樫の木刀で打たれても耐えられるように鍛えてある。
爪先を補強もしていない柔軟素材のブーツで蹴飛ばしたのでは、蹴った足の方が痛かったに違いないのだ。しかしそれを気遣ったりすれば、さらに追い討ちをかけることになるだろう。
エリカの不自然な足取りに、見て見ぬふりをするのが、彼の精一杯だった。

続いて世界的名著として名高いチャンドラーの長いお別れから引用。主人公のマーロウが留置所に入れられて看守から一方的に理不尽な暴力を受け、ひとしきりいびられ、ボコられまくった後の文章である。マーロウは地の文で次のように語り始める。

そっちこそご苦労だ。わざわざ時間をさいてもらってすまない。君は口を開かせるのを忘れたぜ。つぎ歯が一本と上等のポースリンをかぶせた歯が一本あるんだ。八十七ドルもしたポースリンだ。鼻の中を見るのも忘れたぜ。手術の痕がのこってる。鼻中隔の手術だったが、ひどい医者だった。当時二時間かかった。いまは二十分ですむそうだ。フットボールで怪我をしたんだよ。パントを妨害しようとして少しばかりタイミングをあやまった。相手がボールを蹴っちまってから奴の足にとびかかったのさ。十五ヤードのペナルティだ。手術が終わると、血でかたまったテープを一インチずつ鼻からひっぱり出された。ほらを吹いてるんじゃない。ほんとのことをいってるんだ。小さなことが案外ばかにならないんだ。

ハードボイルドのタフネス、やせ我慢、プライドの高さ、笑いながら読んでしまう箇所だけど、作者はこういう恥ずかしいことを魅力として提示してくるんですよ。ヒロインに恥ずかしい思いをさせて脛を蹴られてもすげえ鍛えてるから大丈夫とか、看守にボコられても「全然お前のパンチとか効いてねーから」と過去のエピソードを思い出しなぜか当時の医者をdisり始めるフィリップ・マーロウとか、最高でしょ。ハードボイルドはなんでこんなにおもしろいの? 

SFマガジンラノベを吸い上げはじめ、日本SFの夏を自演し始めてるのを見て、「おいおい、川原・佐島というSFハードボイルドを忘れてるぞ」と思いました。彼らはマーロウの後継でもあるのでミステリとしてハードボイルド枠に入れてもいいですね。ワッフルワッフル

ミステリやSFを激安ラノベから守ろうとか、逆にラノベを盛り上げようとか、そういう気持ちがさらさらないワッフルはゲスいぶん気持ちいいんだぜ。こういう小さなゲスっぷりが案外ばかにならなくて気持ちいいんだ。