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007スカイフォールを見た。ダークナイト化したっつーのを聞いてたのでワッフルしてたけど逆にダークナイトってすごかったんだなっていうのを改めて感じさせる映画だった。あちこちでダークナイトダークナイトうるせーし、サム・メンデス監督本人がダークナイトりましたと発言してるのを読んだので別にいいんだけど、逆にそれを知らずに見たほうがよかったかもしれないなあ。悪役が作品世界にツッコミを入れるのを全部ダークナイトって言ってたらキリがないしね。ていうか今回の悪役であるバルデムって全然ツッコミが甘いよ。ジョーカーみたいな世界精神型の悪役じゃないよ。物足りないよ。
なんかね、この映画のバルデムって007の所属するMI6に対するツッコミがやりたいのか、上司のババアに対するツッコミやりたいのか軸がブレてるんだよ。ババアに向かって「お前の罪を思い出せ」とまんまベインみたいなこと言いつつ最後は「ババア、好きだ。俺と一緒に死んでくれ!」とかなんだよそれwww もっとジョーカーみたいにMI6とボンドをおちょくりまくって現代における正義とはなんなのか? と見た奴が恥ずかしい文章を書いてしまうような僕の好物の映画だと思ってたのに。ボンドとババアと悪役の三角関係なんて見たくねーんだよ。エロいボンドガールがあっさり死亡してまさかのババアがメインヒロインになった中盤は吹いたわw ていうか前から思ってたけどあのババアのルックス老け過ぎだろw そりゃ引退も勧められるわw 設定では何歳なんだよ。 しかも今回はボンドもロートル扱いされるし、ヒーローとヒロインが一緒の画面におさまってるシーンなのにボンドが完全に老人ヘルパーwww まあダークナイトも最大の欠点はアクションの分かりにくさではなくヒロインのブスさだったのでババアがメインヒロインというのはダークナイトっぽい。でもそんなとこ似なくていいだろ。
MI6の存在意義とかが中盤でけっこう感動的に演出されるんだけど作中の理念がそれに追いついてないの。オープニングのシークエンスでボンドが列車の上で敵ともみ合ってるところをババアの命令で狙撃してそれが誤射でボンドが殉職、でも当然生きてるのですぐ復帰(そもそもこの前フリがタルい)。ジェームズボンドライジング。たとえ死んでも任務のためならば、という非情な国家権力の諜報員への疑問が呈されるわけで、さらにバルデムの陰謀で今までもMI6はひでーことばっかやってきたぞっていうツッコミが入るんだ。んでババアが政府の審問会に呼ばれたりするんだけど、それが象徴するように作中のボケとツッコミがお役所的な中身の無い話しかしてないの。 国家権力の残酷さと非情さは愛国心でフォローするんでそこんとこヨロシク!っていうレベルになってるの。ババアの審問会の演説とかなんか勢いで感動するんだけどアレ言ってることは「私もつらい。でも私たちがこんな残酷なことをしてるのは国民を守るためなの、お分かり?」って問題を摩り替えてるだけ。バルデムがババア関連以外でやってるらしいいろいろな組織犯罪に対して示される国家権力としての正義のあり方みたいなもんが何も提示されないの。バルデムがMI6からヴィランに闇落ちしたのってババアへの愛ゆえ、ひいてはMI6のために国のために頑張りすぎた反動みたいなもんなのに、それに対するアンサーのシークエンスであるだろう審問会でいきなりテニスンの詩を引用始めてババアついに痴呆か、と思わないでもない。結局そこでは国家権力の残酷さは疑われても容認されていて、だから娯楽映画としての正義と悪の寓話というよりも、官僚的ないたちごっこに対する目配せでマッチポンプ構造オッケーオッケーという流れ。ババアが自分の判断とそのミスで一度殉職したボンドを現場復帰させる残酷さとか何も反省されないしフォローされないw 復帰のためのテストで落第してもボンドは英雄的な存在だから、私が選んだ部下だからオッケーなのwww この世界には名づけ難い悪意が存在してるからそういうのと戦うのまで国家権力に任せてる一般市民はウダウダ文句言っちゃダメwww MI6という組織の擁護をしたいならガチの政治ドラマが必要になるはずだけど今回は明らかに脚本がダークナイト(バットマン)とジェームズ・ボンドというそれぞれのキャラクターのイマージュを混同してる。
そもそもボンドとバルデムがなぜあんなにババアのことを好きなのか。なんであんなババアがサークルクラッシャー化するのかwww 徹底してMI6の内輪もめに終始していたので、僕の好きなタイプの007ではなかったのう。神山009みたいに激安ハードボイルドを世界水準で見たかったわ。まあいかにもオスカー的な擬似家族の愛憎劇を格調高い映像で見られるのでいい映画だとは思いましんぐ。そのために無駄に長いんだけどな。わざわざボンドの実家に逃避行してまでクライマックス持ってきてテンションがダレる。
ダニエル・クレイグのボンドシリーズって愛する女を失って、擬似家族的なものからもケリつけて、さあ、これで真のスパイが完成するぞっていうことをやっているんだけど、スパイとして完成すればするほど、今回ババアが引用したテニスンの詩みたいな人間が持つ高潔さみたいなもんとはかけ離れていくよなって思った。ボンドが真のスパイとして完成されたならボンドガールはもう性的ファンタジーとしてしか存在できなくなるし、ボンドは国家の命令があればどんなクズいことも出来る存在になるわけでしょう? 作中の理念としては。ダークナイトみたいに作劇でスパイとしてのボンドに真面目なツッコミをやればやるほどボンドが血も涙も無いクズとして完成されていくっていう。まあ元々007には女性軽視だっつー批判もあるし、昨今の激安系の人たちのセンスの先祖でもあるし、むべなるかなって感じです。えらい評判いいんだけど、小ネタが分かるようなオタクを釣りつつボンドファンタジーの外堀埋めてるだけちゃうのん? そこに着地してどうすんのというか、理念で雁字搦めになってしまってて、ヒーローの物語としちゃその辺のオタクコンテンツより後退してまっせ。でも逆に円環の理に導かれて考えると「彼はいかにして自分を完成させたのか」を映画3本かけて描いたので激安系のヒーロー像の完成に説得力を与えているんだよな。あとは休暇で謎のデスゲームに巻き込まれてソロプレイするだけだね。そこで新しいメインヒロインと出会ってゲームマスター茅場を倒せば完璧。「国のために戦わなくていいなんてヌルすぎるぜ!」と無双するボンドが見えるわ。(エッ?
まためんどくさくなりそうなのでこのへんでやめときます。